1956年メルボルン五輪「ニセ聖火リレー事件」とは?学生が仕掛けた前代未聞のいたずらの全貌

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1956年メルボルン五輪「ニセ聖火リレー事件」とは?学生が仕掛けた前代未聞のいたずらの全貌

1956年に開催されたメルボルンオリンピック。

この大会は、オーストラリア史上初の夏季オリンピックとして大きな注目を集めていました。
しかし、そのオリンピックの開幕を彩る「聖火リレー」に、歴史に残る珍事件が発生したことをご存知でしょうか?

その事件こそが「ニセ聖火リレー事件」です。
なんと、本物の聖火の前を走っていたのは、偽物の聖火を持った学生だったのです。
この前代未聞のいたずらはオーストラリア全土を驚かせ、今でも語り継がれる伝説となっています。

この記事では、このニセ聖火リレー事件の背景や詳細、事件がもたらした影響までをわかりやすく解説していきます。

聖火リレーはなぜ行われる?ベルリン五輪と聖火リレーの由来

まず、この事件の背景を知るためには「聖火リレー」というイベントの歴史を知る必要があります。

実は、オリンピックの聖火リレーは1936年のベルリンオリンピックが始まりです。
当時のドイツ・ナチス政権が宣伝の一環として考案したイベントであり、その起源は政治的な意味合いが強いものでした。

この事実に反発したのが、1956年当時オーストラリア・シドニー大学の学生たち。
特に、獣医学を学んでいたバリー・ラーキンは、「ナチスに由来する聖火リレーなどふさわしくない」と感じ、
抗議の意思を込めて偽聖火リレーを企てたのです。

ニセ聖火リレー事件の全貌!学生たちが仕掛けた巧妙ないたずら

1956年11月、聖火リレーがシドニー市内を通過する当日、バリー・ラーキン率いる9人の学生たちは計画を実行に移します。

ラーキンが作った偽の聖火は、銀紙で巻いた木の棒の上に、下着の燃えカスをアルミ缶に入れて火をつけたものという簡素な代物でした。

彼は堂々とその偽聖火を掲げて市内を疾走。
警備員や沿道の観客は本物と信じ込み、なんとシドニー市長も壇上でその偽聖火を受け取ってしまったのです。

この瞬間、市長は異変に気付き、偽物と判明。オーストラリア全土を巻き込む大騒動となりました。

ニセ聖火リレー事件のその後〜反応と社会的インパクト

この事件の報道は瞬く間に世界中へと広がり、ラーキンたちは一躍時の人となりました。

警察は事件後、ラーキンを逮捕せず、事件は「ユーモアのあるいたずら」として多くの人々に好意的に受け止められました。

また、この事件はオリンピック聖火リレーの警備体制の強化にもつながるきっかけとなり、以降の大会では警備が厳重になる一因となりました。

当のラーキンは後年、事件について「ナチス起源の聖火リレーを批判したかった」と語っています。

ニセ聖火リレー事件が今に残す教訓とは?

1956年メルボルン五輪「ニセ聖火リレー事件」は、ただの悪ふざけではなく、歴史や政治への問題提起という側面を持っていました。

この事件は、現在に至るまでオリンピック史の中でも語り草となっており、「伝統や権威に疑問を持つことの重要さ」を象徴するエピソードとも言えるでしょう。

また、現代の聖火リレーでは、こうした事件を教訓にした厳重なセキュリティ体制が敷かれています。スポーツと歴史、政治との関係性を考える上でも、この事件は大きな意味を持っているのです。

1956年メルボルン五輪「ニセ聖火リレー事件」まとめ

1956年のメルボルンオリンピックで発生した「ニセ聖火リレー事件」は、学生たちがオリンピック聖火リレーの歴史や背景に疑問を抱き、ユーモアと抗議の精神を込めて実行した前代未聞の事件でした。

事件のポイントは以下の通りです。

  • 聖火リレーはナチス・ドイツ由来
  • シドニー大学の学生ラーキンらが偽聖火を用意
  • シドニー市長までもが騙された
  • 世界的なニュースとなり警備体制に影響
  • 歴史に残るユーモラスな抗議事件

オリンピックの歴史に刻まれたこの事件は、今でも私たちに「常識や権威を疑う視点」の大切さを教えてくれます。
スポーツの裏側に潜む歴史やメッセージにも目を向けてみてはいかがでしょうか。

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